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福岡高等裁判所 昭和26年(ナ)9号 判決 1952年1月14日

原告 山野秋義

訴訟代理人 堤牧太

被告 熊本県選挙管理委員会

訴訟代理人 和山貞臣

主文

被告補助参加人上坂満男の訴願に対し、被告委員会が昭和二十六年六月十八日附を以つてなした「昭和二十六年四月二十三日執行の飽託郡中島村長選挙の当選の効力に関する上坂満男の異議申立に対し、村選挙管理委員会がなした決定及び選挙会における当選人がない旨の決定は、ともにこれを取消す。昭和二十六年五月八日執行の飽託郡中島村長決選投票による選挙は無効とし、該選挙における古川国雄の当選は、これを取消す。」との裁決は、これを取消す。

昭和二十六年五月八日執行の飽託郡中島村長の決選投票による選挙において、古川国雄の当選が有効であることを確認する。

訴訟費用中参加によつて生じた分は被告補助参加人の負担とし、その余の分は被告の負担とする。

事実

原告代理人は主文第一、二項同旨竝びに「訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、

その主張の要旨は、

原告は昭和二十六年四月二十三日執行の熊本県飽託郡中島村長の選挙人であり、且つ同選挙の選挙長であつて、候補者は古川国雄中尾行雄及び田中栄吉の三名であつた。ところで、右選挙における総投票数は二千三百五十一票で、内無効投票百四十四票を控除した有効投票数は二千二百七票であつたから、当選人となるには公職選挙法第九十五条第一項但書第五号の法定得票数の規定上、八百二十八票以上を得なければならないのであつたが、右候補者古川の得票数は七百十九票、同中尾の得票数は八百二十五票、同田中の得票数は六百六十三票であつて、全候補者ともいずれも法定得票数に達しなかつたので、選挙長であつた原告はこの旨村選挙管理委員会に報告し、同委員会において同法第百十七条の規定により、同年五月八日右三名の候補者中最多数の得票者中尾行雄及び古川国雄の両名について決選投票を行つた結果、古川の得票数は千百三十票、中尾の得票数は千百二十九票となり、古川が票差一票で当選人と定められたのである。ところが、被告補助参加人上坂満男は当選の効力に関して村選挙管理委員会に対し異議を申立て、却下されて被告委員会に訴願し、これに対して被告委員会は同年六月十九日午前二時以後に審議を終り、同月十八日附を以つて「以上の結果を総合すれば、中尾行雄八百六十七票、古川国雄七百五十一票、田中栄吉六百九十四票、無効投票三十九票となり、公職選挙法第九十五条第一項但書第五号の規定による有効投票総数(二千三百十二票)の八分の三の数は八百六十七票であつて、候補者の中有効投票の最多数を得た中尾の得票数は右法定数に達するから、同人を当選人と決定すべきであり、四月二十三日の選挙会において当選人がない旨決定したことは違法である。従つて五月八日執行の決選投票はその基礎を失い行う必要がないものであるから、該選挙に基く古川国雄の当選もまた無効である。」との理由によつて、主文第一項掲記のような主文の裁決をしたのである。右裁決の理由に示された具体的内容は、

(い)選挙会において無効投票と決定した百四十四票の中有効投票と認められる票が、中尾四十二票、古川三十四票、田中三十一票存する。その内容は、

(一)振仮名を附したため他事記載として無効投票と決定された票が中尾十三票、古川六票、田中四票存し、これは秘密投票を犯すいわゆる他事記載とは認められないから、いずれも有効投票と決定する。

(二)候補者の氏名の外他事を記載したものとして無効投票と決定された票中、明かに文字を訂正して書きなおしたものと認められる票が、中尾十八票、古川十一票、田中十七票存し、これは従来の判例に照らし有効投票と決定する。

(三)候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効投票と決定された票中、無効投票の範ちいうにいらない限り選挙人の意志を尊重して有効投票としなければならないとする公職選挙法第六十七条の規定に基き、それぞれ候補者を表示したものと認められる票が、中尾十一票、古川十七票、田中十票存し、これは右法条の法意に照し有効投票と決定する。

(ろ)なお古川国雄の有効投票と決定された票中、候補者の何人を記載したかを確認し難いもの二票存し、これは候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして、無効投票と決定する。

との諸点であるが、右裁決は違法である、すなわち、

(い)の(一)振仮名を附したため他事記載として無効投票と決定された票が、中尾十三票、古川六票、田中四票存する事実は認めるがこれらを他事記載とは認められないとする被告委員会の見解は正当でない。けだし、選挙人が候補者の氏名を漢字で書いてみたがその漢字の正確に自信のもてないとか、又は漢字で書くにあたり一部の文字を忘れていたとかで、それを補足訂正する意思の下に良心的に振仮名を附した場合は格別、見事な筆跡の漢字に振仮名を附するなどのことは、何らかの密約に基く有意の作為に出たものと解するのが正当であるからである。右合計二十三票は、いずれも見事な筆跡の漢字に振仮名を附したものであり、例を中尾行雄候補者の十三票(甲第三号証の一乃至十三)にとつてみれば、その氏又は氏名を完全明確もしくはそれと同程度に漢字で記載してあるのに、敢えてこれに振仮名を附しているのである。右二十三票を他事記載に該当するものとして、無効投票とした選挙会の決定こそ、正当である。

なお村選挙会においては開票に先き立ち、選挙長であつた原告及び開票立会人全員の総意の下に、その一般方針として買収行為を断乎排撃し、以つて選挙の公正を期する意味から、従来の実情に鑑がみ、選挙人と候補者又はその運動員間の密約による記号の表示と疑われやすい振仮名附きの投票を他事記載として無効とすべきことを申合せ、これに基いて投票の点検をし、その結果右二十三票を無効投票と決定したのである。

(い)の(二)候補者の氏名の外他事を記載したものとして無効投票と決定された票中、被告委員会において本件訴願に際し、書損を訂正したものとして有効投票と裁定した票が、中尾十八票、古川十一票、田中十七票存する事実は認めるが、中尾十八票の中一票(甲第五号証の六)は、選挙会の決定どおり、他事記載として無効投票と認めるのが正当である。

(い)の(三)候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効投票と決定された票中、被告委員会において本件訴願に際し、それぞれ候補者を表示したものとして有効投票と裁定した票が、中尾十一票、古川十七票、田中十票存する事実は認めるが、中尾十一票の中五票(甲第五号証の一乃至五)は、後記理由によつて、選挙会の決定のとおり無効投票と認めるのが正当である。

甲第五号証の一(「ナカ」の二字の直下に、右斜めに線が引かれてある。)について。「ナカ」に相当するとともに、田中の「ナカ」にも相当し、右両候補者のいずれを記載したかを確認し難いし、且つ「ナカ」とある直下に右斜めに引かれいる線は、暗号的他事記載にも該当する。

甲第五号証の二(「中尾」の二字の直下に、線が縦に引かれてある。)について。「中尾」とある直下に引かれている線は、前同様暗号的他事記載と認められる。

甲第五号証の三、五(いずれも片仮名の形をした三字)について。これは候補者の何人を記載したかを確認し難い。

甲第五号証の四(「中尾幸雄」とある「幸」と「雄」の二字の中間右側に余記されている点は、句点でもなく有意の他事記載である。

だとすれば、さきに選挙会が無効投票と決定した前記百四十四票の中、被告委員会において本件訴願に際し有効投票と裁定した中尾の四十二票、古川の三十四票、田中の三十一票合計百七票に対して、原告が有効投票と判定する票数は、中尾の二十三票、古川の二十八票、田中の二十七票合計七十八票となり、これを右百四十四票から控除すれば、無効投票は六十六票となる。

(ろ)さきに選挙会が古川国雄の有効投票と決定した票中、被告委員会において、本件訴願に際し、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして、無効投票と裁定した二票の存する事実は認めるが、右二票(甲第四号証の一、二)は後記理由によつて選挙会の決定のとおり古川国雄の有効投票と認めるのが正当である。

甲第四号証の一はローマ字で古川の氏名を記載したもので、特にその前半は古川の名の表示として、国雄と明白に読むことができる。

甲第四号証の二は片仮名で古川の氏を記載したもので、そのように判読することができる。

だとすれば、各候補者の得票数は古川七百四十七票、中尾八百四十八票、田中六百九十票となり、一方法定得票数は総投票数二千三百五十一票より前記無効投票六十六票を控除した有効投票の総数二千二百八十五票の八分の三以上に相当する八百五十七票であつて、全候補者ともその得票数が法定得票数に達しないから、前記のように村選挙管理委員会が昭和二十六年五月八日行つた決選投票の結果、有効投票の過半数である千百三十票の得票者として古川国雄を当選人と定めた決定は結局正当であつて、当選の効力に関する被告補助参加人上坂満男の異議申立を却下した村選挙管理委員会の決定を取消し、古川の当選を無効とした被告委員会の裁決は、到底取消をまぬがれない。よつてその取消とともに、決選投票選挙における古川の当選の有効確認を求めるため本件出訴に及んだ次第である。

というのであり、被告及び被告補助参加人の本案前の抗弁に対し、本件裁決書の要旨の告示が昭和二十六年六月十八日になされたとの事実は、これを否認する。裁決の日時は前記のように六月十九日午前二時以後であるから、裁決書の訴願人への交付及びその要旨の告示の日は、六月二十日もしくはそれ以後と思われる。ところで、公職選挙法第二百七条第二百十五条の法意によれば、裁決の効力は裁決書の訴願人への交付によつて発生するものと解すべきであり、従つて裁決書の訴願人への交付以前に出訴期間が進行を開始するいわれはあり得ない。このことは、訴願人でない第三者の出訴の場合も同様である。だとすれば、仮りに六月十八日に裁決及び裁決書の要旨の告示があつたとしても、それは法外告示であり、適法な告示の日は被告自認の訴願人に対する裁決書交付の六月二十日と解すべきであつて、本件の出訴期間は右二十日の翌日から起算すべきものである。元来訴願人でない第三者の出訴期間は、裁決の効力発生後、第三者が右裁決のあつたことを知り得べき日から進行を開始すべきものであるからである。よつて、六月二十日から三十日以内に提起された本訴は適法であつて、これを期間経過後の不適法な訴となす前記抗弁は理由がない。

と述べ、立証として甲第一、二号証第三号証の一乃至十三第四号証の一、二第五号証の一乃至六を提出し、検証の結果及び証人浅山幹雄、塘口格太、井手連太郎、起田藤吉の各証言竝びに原告本人尋問の結果を援用し、乙第一、二号証の各成立を認め、その他の乙号証に対し不知を以つて答えた。

被告代表者及び被告補助参加代理人は本案前の抗弁として、訴却下の判決を求め、その理由として、

原告は訴願人でない第三者であるから、その出訴期間は公職選挙法第二百七条第一項の規定によつて、裁決書の要旨の告示のあつた日から三十日以内であり、本件裁決書要旨の告示の日は昭和二十六年六月十八日であるのに、本訴提起の日は同年七月十九日であるから、本訴は期間経過後の不適法な訴であるといわなければならない。なお六月十八日の夜二回に亘つて熊本放送局から、裁決書の要旨に該当する放送がなされているから、原告は当然同夜これを知り得たはずである。もつとも訴願人への裁決書の交付の日が六月二十日であつた事実は、これを認める。

と述べ、被告代表者は本案について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

その答弁の要旨は、

被告委員会の裁決に関する原告の見解を除き、本件の経過的事項についての原告の主張事実は、これを認める。被告委員会の裁決は適法正当であり、原告の違法主張に対し、順次その理由のないゆえんを説明する。

(い)の(一)公職選挙法第六十七条の規定は、投票の記載及び使用投票用紙等専ら形式的なものを基礎とし、投票の秘密と選挙の公正とを保持しながら、選挙人の意思を客観的に推測し、且つその意思を最大に尊重して投票の効力を決定すべきであり、立候補制度をとる以上候補者の何人かに投票されたものと一般的に推測すべきであるとの趣旨であつて、原告はじめ村選挙会の関係者等が開票に先き立ち申合せをなし、これに基いて振仮名附きの投票を無効としたことは、法を無視した行為であり、右申合せの故に、振仮名附き投票を他事記載として無効としなければならないものではない。

(い)の(二)中尾候補者の氏を平仮名で記載している甲第五号証の六の一票は、単なる書損の抹消訂正であつて、他事記載に該当するものではない。

(い)の(三)甲第五号証の一は「ナカ」の二字の直下に右斜めの線が引かれていることからして、「ナカ」の下に接続して文字を書く意志があつたものと推測されるから、中尾候補者を記載したものと確認できるし、「ナカ」とある直下に引かれている右斜めの線は、甲第五号証の二の「中尾」とある直下に引かれている縦の直線と同様筆跡の幼稚な点からいつて、いずれも他意ある余記とは認められない。

甲第五号証三、五は選挙人の意志を尊重すれば、いずれも中尾候補者の氏を片仮名で記載したものと確認できるし、甲第五号証の四の「中尾幸雄」とある「幸」と「雄」の二字の中間右側に印せられている点は、有意の記載とは認められない。

(ろ)甲第四号証の一の外国文字で書いたと思われるような一票及び同号証の二の文字とは認められないような一票は、いずれも古川候補者を記載したものとは到底確認することができない。

だとすれば、当選の効力に関する被告補助参加人上坂満男の異議申立を却下した村選挙管理委員会の決定を取消し、決選投票選挙における古川の当選を無効とした被告委員会の裁決は維持さるべきものであつて、原告の本訴請求は失当である。というのである。立証として乙第一乃至第四号証(第三号証は一、二)を提出し、甲第二号証は不知と答え、その他の甲号証の各成立を認め、なお被告、補助参加代理人において証人上坂勇の尋問を求めた。

理由

先ず「本訴は出訴期間経過後の不適法な訴である。」となす本案前の抗弁について判断する。

公職選挙法第二百十五条によれば、訴願庁の訴願人に対する裁決書の交付が先行事項であり、これに後続して裁決書の要旨を告示しなければならない旨を規定している。このことは、訴願人に対する裁決書の交付によつて始めて裁決の効力が発生し、裁決書の要旨の告示なるものは、右のように裁決書の交付によつて既に効力を発生した裁決に対する一般的通告手続にすぎないことからくる当然の結果であり、従つて右告示は早くとも裁決書の交付と同時であつて、交付以前ということは理論上あり得ないわけである。同法第二百七条第一項の規定は、出訴期間について、裁決書の交付が先行する通常の場合を予想し、訴願人の場合には裁決書の交付の日、訴願人以外の第三者の場合には告示の日をそれぞれ起算日として示し、起算日にはこの二つしかないことを明かにしたまでのことであつて、これは出訴期間に関し訴願人でない第三者の利益を考慮し、訴願人との間の不公平を排除するの趣旨に出たものであるから、形式上告示が裁決書の交付に先き立つてなされた場合には、訴願人でない第三者に関しても、出訴期間は裁決書が訴願人に交付された日の翌日からこれを起算すべきものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、本件裁決の告示が昭和二十六年六月十八日なされたことは、成立に争のない甲第一号証によつて明白であり、本件裁決書が訴願人に交付された日が、右告示の日以後である同月二十日であることは当事者間に争がないから、訴願人でない原告の本件出訴に関しても、出訴期間は右六月二十日の翌日からこれを起算すべきものであり、従つて七月十九日に提起された本訴は、三十日の出訴期間内になされた適法な訴といわなければならない。

被告の前記抗弁は排斥の外はない。

本件の経過的事項についての原告の主張事実は、当事者間に争がない。被告委員会の裁決に対する原告の違法主張について、以下順次検討する。

(い)の(一)について。

よしや候補者の氏名を完全明確に漢字で記載してあるのに加え、これに振仮名を附したとしても、それが振仮名である限り、候補者の氏名以外の記載とはいえないから、他事記載には該当しないものといわなければならない。しかも、選挙において候補者の氏名を掲記した掲示用その他の文書で、氏又は氏名の主体が漢字で記載されてあるものにあつては、概してこれに振仮名の附されているのが通常の慣例であり、証人上坂勇の証言によれば、現に本件選挙においても、候補者氏名掲示板の氏名記載には、いずれも振仮名が附されていた事実を認めることができるから、選挙人の中にはそれにならつて振仮名を附したものもないとはいえないであろうから、よしや振仮名が無用な従つて他事の記載に該当するとしても、投票の無効原因となる他意ある記載とは解されない。もつとも振仮名の附記が、選挙人と候補者もしくはその関係者との間の密約に基く暗号としてなされたような場合には、これを他事記載として無効投票とすべき実質上の必要性がないのではないが、本件については、そのような密約に基くものであるとする客観情勢の存在を推断すべき証拠とてなく、又選挙管理関係者において事前に、振仮名附きの投票は無効として処理すべき旨の申合せをしていたからとて、振仮名附き投票の効力の判定に、いささかのかかわりもないことである。

だとすれば、本件候補者三名関係の合計二十三票の振仮名附き投票は、被告委員会の裁定のとおり、有効投票と断ぜざるを得ない。

(い)の(二)について、

無効投票中被告委員会において、単なる書損の訂正であつて他事記載に該当しないとの理由で、中尾候補者の有効投票と裁定した十八票の中、原告においてその有効性を否定する一票であることに争のない甲第五号証の六によれば、中尾候補者の氏として読まれる平仮名の記載以外の部分は、自然の書損と認むべきものであつて、有意の作為に出たものとは解されないから、これまた被告委員会の裁定のとおり中尾の有効投票と断ぜざるを得ない。

(い)の(三)について。

無効投票中被告委員会において、中尾候補者を記載したものと確認でき、又他事記載に該当しないとの理由で、同候補者の有効投票と裁定した十一票の中、原告についてその有効性を否定する五票中の一票であることに争のない甲第五号証の一によれば、「ナカ」とある二字は、なるほど中尾候補者の氏の第一序列の文字「中」に通ずるとともに、田中候補者の氏の第二序列の文字「中」にも通ずるけれども、「ナカ」とある直下に引かれている右斜めの線の位地からいつて、「ナカ」の二字は中尾の氏の中第一序列の「中」の文字に相当し、同人を記載したものと確認できるし、右斜めに引かれた線は、その部位及び筆勢等からみて、意識的な記載とは認められない。

前同様五票中の一票であることに争のない甲第五号証の二によれば、「中尾」とある直下に引かれている縦の直線は、その部位及び筆勢等からみて、意識的な記載とは認められない。

前同様五票中の各一票であることに争のない甲第五号証の三、五によれば、いずれも片仮名三字の記載であり、前者にあつては、第二、三序列の「カオ」は明確に読みとることができ、第一序列の文字は明確ではないが、ともがく「ナ」と判読可能の程度には表示されているから、中尾を記載したものと確認できるし、後者にあつては、第一、二序列の「ナカ」は明確に読みとることができ、第三序列の文字はやや片仮名の「タ」に近いような字形であるが「ヲ」の誤記と認められないこともなく、更らに片仮名三字の配置序列からいつて、中尾を記載したものと確認できる。

前同様五票中の一票であることに争のない甲第五号証の四によれば、「中尾幸雄」とある「幸」と「雄」の二字の中間右側にある点の余記は、なるほど句点とは、いへないけれども、余記の存し方からいつて、つい不用意に印せられたもので、意識的な記載とは認められない。

だとすれば、右五票の投票もまた被告委員会の裁定のとおり、中尾候補者の有効投票と断ぜざるを得ない。

よつて、さきに選挙会が決定した無効投票の総数百四十四票中、百七票を候補者三名関係の有効投票とした被告委員会の投票の効力に関する裁定は正当であつて、この有効投票を百四十四票から控除すれば、無効投票の総数は三十七票となる。このことをここで説明する必要のあるわけは、無効投票の総数は法定得票数の算出に直接つながるからである。

(ろ)について。

その投票した選挙人の意思を尊重して、できるだけ投票を有効とするようにしなければならないということについては、何人にも異論はないであろうけれど、これをこのまま首肯し得るがためには、選挙人の意思が明白でなければならない。選挙人の意思が明白でなければならないということは、当該投票の記載自体に、選挙人の選挙意思がまじめに表現されていなければならないということを意味する。投票の記載自体において選挙人の選挙意思がまじめに表現されている場合にこそ、尊重しなければならない選挙人の意思というものが存在するのである。そしてかような場合にこそはじめて、立候補制度を採用する現行選挙法の下においては、すべての投票は特別の事情のない限り、候補者の何人かに向けられているものと解し得るのである。このことは、選挙会がさきに古川国雄の有効投票と決定した票中、被告委員会において本件訴願に際し、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効投票と裁定した二票であることに争のない甲第四号証の一、二の投票の効力を判定するについて、特に考慮にいれる必要があるであろう。

甲第四号証の一によれば、ローマ字まがいの字体を用い、外国文字による署名の熟達者に真似るもののような、もしくは見せかけだけの形象でごまかそうとするもののような記載方、をしているものであつて、記載自体に選挙人の選挙意思が明らかに表現されていないことが明白であるから、尊重しなければならない選挙人の意思なるものは全く存在していないと解すべきものであり、従つて不明に近い記載内容のこの一票を、強いて候補者の何人かにさし向ける必要は何もないのである。

これに反し甲第四号証の二によれば、第一序列の一字はこれを明かに「フ」と読みとることができるけれども、これを除く他の第二乃至第四序列の三箇の各表示は、殆んど字形をなしていないものではあるが、それほどの拙劣幼稚をきわめたものであるのに、ともかくもその記載自体に選挙人の選挙意思がまじめに表現されていることを容易に看取できるから、これを投票した選挙人の意思を尊重すれば、本件候補者三名の氏又は名を仮名で表示して四文字となるものは、古川国雄の氏「フルカワ」だけであり、又右第一序列の一字が「フ」と読みとることができることを念頭において、第二序列以下の各表示を仔細にみると、第三、四序別の二箇の表示は「カハ」と判読できないことはないし、又第二序列の表示は片仮名の「ル」が三つの小片に分断された形をなしているともいえるので、古川候補者を記載したものと確認できないことはない。

だとすれば、甲第四号証の一は被告委員会の裁決のとおり、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効投票と断ぜざるを得ないが、甲第四号証の二に被告委員会の裁定とは逆に、さきの選挙会の決定のとおり、古川候補者の有効投票と断ぜざるを得ない。

よつて、右甲第四号証の一の無効投票を前記(い)において説明した無効投票三十七票に加えるときは、無効投票の最後的総数は三十八票となる。

以上の検討によつて導き出される結論は、各候補者の得票数において古川だけは被告委員会の裁定より一票増えて七百五十二票、他は被告委員会の裁定と同様で、中尾八百六十七票、田中六百九十四票となり、一方法定得票数は総投票数二千三百五十一票より右無効投票の総数三十八票を控除した有効投票の総数二千三百十三票の八分の三以上に相当する八百六十八票であつて、全候補者ともその得票数が法定得票数に達しないから、前記のように当事者間に争のない村選挙管理委員会が昭和二十六年五月八日行つた決選投票の結果、有効投票の過半数である千百三十票の得票者として古川国雄を当選人と定めた決定は結局正当であつて、当選の効力に関する被告補助参加人上坂満男の異議申立を却下した村選挙管理委員会の決定を取消し、古川の当選を無効とした被告委員会の裁決は、到底取消をまぬがれない、ということである。結局被告委員会の裁決に対する原告の違法主張は、その理由があるものといわなければならない。

さすれば、被告委員会の裁決の取消とともに、前記当事者間に争のない決選投票選挙における古川国雄の当選の有効確認を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、民事訴訟法第八十九条第九十四条を適用して、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 小野謙次郎 裁判官 桑原国朝 裁判官 中園原一)

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